手づくりロボットへの偏愛 ――Maker Faire Tokyoを振り返る

手づくりロボットへの偏愛 ――Maker Faire Tokyoを振り返る


「Maker Faire Tokyo」という、東京ビックサイドで開かれたロボットのお祭りに行った。

アマチュア手作りのロボットが、それぞれのブースに並んでいて、
歩いていると、ロボットを作った人が、
「このロボットは、ね…」と各々囁きかけてくれる一風変わったお祭りである。

ロボット

「おはようございます」と敬語であいさつしてくれる、お花ロボット。おじさまもお揃いのピンクのポロシャツである

 

口ぐちにロボットについて語る皆さんはとても楽しそうだった。
自分の造ったロボットを、重大なひみつを共有している恋人か、
大事な分身のように愛おしんでいる様子が伝わってきた。

「めだかの餌をやるロボット」とか、「ラーメンの粉末スープを振るロボット」とか、
役に立たなければ立たない発明ほど、誇らしげに話していたし、

「プロレスをするロボットが、相手の攻撃を受けて痛がったり、
走るのに疲れてばてたりする仕草をする」という話をしたときの
ロボット愛好家の表情は、
まるで自分の友人の癖を話しているみたいだった。

「人嫌いでも会話ができるパンダロボット」や、
家に帰った時に会話をしてくれるロボットなどもおり、驚いた。

s-2015年台湾、ロボット 216

会話してくれるパンダロボット。会場の雑音でロボットが音声を認識せず、やるせない空気になっている二人

 

機械部分は基盤やモーターなどで無機質な印象なのに、
パンダのぬいぐるみや丸いプラスチックの中に入れると、
途端に命が吹き込まれたようになり、不思議と愛着が湧いてくるのだ。

昔見たバレエのコッペリアを思い出した。
物語の内容は諸説あるが、私の記憶の内容は以下である。

「長年周囲からキチガイ扱いされている、禿頭の人形職人の爺さんは、
とうとう寂しさをこらえきれなくなる。
そこで、少年から魂を吸い取り、美女の人形に命を吹き込む。

すると、人形は命を宿し、爺さんをからかう余裕まで見せるようになる。
可憐に踊り爺さんを翻弄した挙句、あっという間に爺さんのもとを去り、
少年と結婚する」

というストーリーだった。

よく調べると、だいぶ本当の話とは違っていたみたいだったが、
私は鑑賞後に爺さんが可哀想でたまらなくなった。

自分の造った人形にすら、愛想を尽くされたら、
いったいどうやって生きていけばいいのだろう。
人間に興味がないから人形を造っていたのか、
人間に愛されないから結局人形を造って寂しさを紛らわすしかなかったのかは
わからない。

爺さんと人形が言葉を交わしたのは、
わずか3日程度だったかもしれないが、
造られるまでに同じ時間は共有していたのだ。

爺さんは秘密や悩みを話したかもしれないし、
自分の理想を継ぎこんで、唯一無二の存在に仕立て上げたのだ。
なのに、あっさり鳥のように飛んで行ってしまったなんて。

ロボット愛好家たちのロボットに対する思いも、
単なる「物づくりが好きです」というものを超えた、
じとっとした執念みたいなものを、会話の端々から感じた。

ロボット作りは、全て自分の思い通りにいかないからこそ、
逆に生き物のようで魅力的なのかもしれない。

そんな存在をあえて生み出し、向き合うという複雑な過程。
そこに一筋縄ではいかない、ロボットへの情愛を感じた。

s-2015年台湾、ロボット 211

リモコン代わりのクマを操作することで、左下のロボットを動かせるスグレモノ

 

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